大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

水戸地方裁判所 昭和29年(行)31号 判決

原告 斎藤徳太郎

被告 茨城県知事

主文

被告が別紙目録記載中(10)(11)の土地につき、昭和二十三年二月二日を買収期日として同日附買収令書によつてなした買収処分及び昭和二十四年十月二日を売渡期日として同日附売渡通知書によつてなした売渡処分(売渡の相手方齊藤一治)が無効であることを確認する。

原告その余の請求を棄却する。

訴訟費用は十分し、その九は原告その余は被告の各負担とする。

事実

第一、当事者間の申立

原告訴訟代理人は「被告が別紙目録記載の各土地につき、昭和二十三年二月二日を買収期日として同日附買収令書によつてなした買収処分及び右各土地(但し別紙目録(5)の土地を除く)につき昭和二十四年十月二日を売渡期日として同日附売渡通知書によつてなした売渡処分が無効であることを確認する。訴訟費用は被告の負担とする」との判決を求めた。

被告訴訟代理人は請求棄却の判決を求めた。

第二、当事者の主張

一、請求の原因

(一)  訴外茨城県新治郡安飾村農地委員会(現出島村農業委員会、以下「農地委員会」と略称)は、昭和二十三年一月二十日、原告が所有する別紙目録記載の各土地を齊藤常四郎所有の小作地であるとして、旧自作農創設特別措置法(以下「自創法」と略称)第三条第一項に基き買収期日を同年二月二日と定めて買収計画を樹立して公告し、被告知事は同年二月二日右買収計画に基き買収令書を発行し、その頃これを原告に交付して買収処分をなし、更に同農地委員会は昭和二十四年九月十日右土地((5)の土地については自創法第二十三条により所有権の交換がなされ、売渡処分はなされなかつたのでこれを除く)につき別紙目録記載の立花仁次郎外九名を同目録記載のように当該土地の各売渡人とし、売渡期日を同年十月二日と定めて売渡計画を樹立して公告し、被告知事は同年十月二日右売渡計画に基き売渡通知書を発行しその当時これを右各売渡の相手方に交付して売渡処分をなした。

(二)  しかしながら右買収計画には次のような違法事由が存する。

(イ) 別紙目録中(12)(13)(14)(26)の各土地は原告の自作地であつたところ、昭和十九年一月十三日原告の長男実が大東亜戦争に召集されて手不足を生じたゝめ、やむなく実が復員したとき返還する約束で、一時訴外宮本重之助に貸し付けたものであつて、自創法の規定上買収除外地に該当し自作地として取り扱わるべきものであること明らかであるのに、これを小作地と誤認して樹立した買収計画は違法といわねばならない。

(ロ) 原告は昭和十七年二月二十三日父常四郎が隠居したので別紙目録の各土地((10)(11)の土地を除く)を含めて常四郎所有不動産全部を相続により承継取得した外、原告において他より買い求めた(10)(11)の土地と合せ田畑合計三町九反三畝十歩を所有し、内田畑一町六反四畝十八歩を自作し、田畑二町二反八畝二十二歩を貸付小作地としていたが、右小作地から小作地の法定保有面積一町三反歩を控除すれば、原告の保有面積超過分は九反八畝二十二歩に過ぎないのに、農地委員会は前記(イ)のように別紙目録中(12)(13)(14)(26)の各土地計二反一畝十八歩を小作地と誤認したゝめ保有小作地の超過面積を誤り、別紙目録記載の一町二反四畝十一歩につき買収計画を樹立したが、既に述べたように右四筆の土地は買収除外地に該る訳であるから、結局この買収すべからざる土地を買収地に組入れて樹立した別紙目録の各土地に対する買収計画は全部違法といわなければならない。

(ハ) 別紙目録中(2)の土地は田二畝二十八歩であるのに、農地委員会は買収計画書中これを新治郡安飾村大字安食字山ノ下三四五一番田一畝二十八歩と表示しているが、原告は同所に田一畝二十八歩の土地は所有しておらず、また公簿上も存在していないから、そのような土地は買収の対象にならない。又右の田について一畝歩の相違は対価の計算等においても著しい相違を来すことになる。しかるに右一畝二十八歩を原告所有地として買収計画を樹立したのは違法である。

(ニ) 別紙目録中(10)の土地(外畦畔四歩を含む)及び(11)の土地(外畦畔十歩を含む)は原告が大正十五年三月三十日訴外立花清兵衛より買い受けて所有権を取得し、同日その旨登記を経由したものである。(この点は他の土地が買収計画当時常四郎名義のままであつたのと事情を異にする)しかるにこれを訴外齊藤常四郎の所有地として買収計画を樹立したのは明白に違法である。

(三)  従つて右のような違法な買収計画に基いてなされた買収処分も違法であり、その瑕疵は重大且明白であるから当然無効といわざるを得ず、しからばこの無効な買収処分に基く前記売渡処分もまた当然無効というべきである。よつて右買収処分及び売渡処分の各無効確認を求める。

二、答弁

原告主張の(一)のとおり買収並びに売渡手続がなされた事実は認める。

同じく(二)の(イ)の事実中原告が別紙目録(12)(13)(14)(26)の各土地合計二反一畝十八歩を訴外宮本重之助に貸し付けた事実(但し日時の点は除く)は認める。右四筆の土地は、原告が昭和十七年十一月頃期限を定めず重之助に貸し付けたもので、その際原告の長男実が帰還するまでとか、一時賃貸であるとかの約束はなかつたものである。なお原告の長男実は現役で入隊したのであるから、自創法施行令第一条第三号(改正前第七条第二号)に規定する召集には該当しないのである。いずれにしても、右土地が買収除外地に当るとする原告の主張は正当でない。

同じく(ロ)の事実中原告が昭和十七年十二月二十三日前戸主たる父常四郎の隠居により家督相続をしたこと、原告がその主張の買収計画当時田畑合計三町九反三畝十歩を所有したことは認める。しかし原告の自作地は本件買収計画当時一町四反三畝歩で小作地は二町五反十歩であつた。従つて、自創法第三条第一項第二号により小作地保有面積一町三反を控除し、本件一町二反四畝十一歩を買収したのは少しも違法ではない。原告はその主張の四筆の土地が買収除外地であることを前提として原告の保有小作地を削減する買収である旨主張しているが、前記のように右四筆の土地は買収除外地に該当しないからこれを小作地に加え保有超過分として買収したのは正当である。

同じく(ハ)の主張も争う。原告主張の字山ノ下三四五一番の田は登記簿上二畝二十八歩となつているが、村役場備付の台帳上は一畝二十八歩となつていたゝめ、買収計画書及び買収令書に誤つて一畝二十八歩と記載されたものである。買収の対象たる土地はあくまで右二畝二十八歩の土地であり、右の誤記のため買収計画及び買収処分が無効となることはない。

同じく(ニ)の主張中原告がその主張の頃訴外立花清兵衛から本件二筆の土地を買い受け所有権を取得したことは認めるが、台帳上は齊藤常四郎の所有として記載されていたから、単なる事実の誤認であつて明白な瑕疵ではないから、これがため買収処分が当然に無効となることはない。

三、証拠方法〈省略〉

理由

一、別紙目録記載の各土地につき、原告が請求原因の(一)で主張するような経緯で被告が買収処分並びに売渡処分((5)の土地を除く)をなしたことは当事者間に争がない。そこで、右買収処分に原告主張の違法無効原因が存するかどうかについて以下順次判断することにする。

(一)  原告主張の無効原因(イ)について

被告は、別紙目録中(12)(13)(14)(26)の各土地が本件買収計画当時小作地であつた旨主張するのに対し、原告は右土地が自作地として取り扱わるべき買収除外地に外ならない旨主張するので先ずこの点について審究する。

原告が右四筆の土地を訴外宮本重之助に貸し付けたこと(但しその日時、貸付契約の内容等の点を除く)は当事者間に争いがなくこの事実と成立に争のない乙第二号証・第三・第四号証の各一・二・甲第四号証及び証人宮本重之助(一部)、同齊藤常四郎、原告本人の各供述を総合すれば、前記各土地は従来原告が自作していたのであるが、昭和十八年秋頃、原告の長男実が昭和十九年一月には現役兵として入隊することを覚悟せねばならぬ状況であり、そのため人手の不足を生ずることになるので、自作耕地を減らす必要上原告の父常四郎から訴外宮本重之助に対し実が除隊してくるまで小作して欲しい旨申し入れたところ、重之助は耕作地も少ない折だつたのでこれを承諾し、小作料を一年に田については玄米四斗入五俵、畑については十円の定めで借り受ける約束をし、翌昭和十九年から右各土地を耕作に供してきたことが認められる。証人宮本重之助の証言中右認定に反する部分は措信しがたい。しかし、原告が右土地を小作に出したのは原告自身の応召によるものではないので、自創法施行令第七条第二号(改正後の第二条第三号)に該当するかどうかが既に問題であるが、仮に同号の事由に該るとの見解をとるとして、前記四筆を買収計画に組み入れたことが違法であるとしてみても、このような買収計画の瑕疵は明白な瑕疵であるとはいゝがたいのであるから、右の点からして右四筆の買収計画、従つて又その計画に基く買収処分が当然に無効であるということはできない。

(二)  無効原因(ロ)について

別紙目録中(12)(13)(14)(26)の各土地を一時貸付地に該当しないとして買収計画に組み入れたことが明白な瑕疵として右土地の買収計画につき無効事由となし得ないことは前段説示のとおりであるから、右四筆の土地を買収計画に組み入れたことが延いて小作地保有制限超過面積の算定を誤つたことになり、本件土地の買収計画が全部無効のものとなるとの原告の主張も亦採用し得ないところである。

(三)  無効原因(ハ)について

成立に争のない甲第五、第八号証及原告本人の供述によれば農地委員会は本件買収計画書中「新治郡安飾村字安食山ノ下三四五一番田一畝二十八歩」の土地を原告の所有地と表示して買収計画を樹立したこと、しかし右山ノ下三四五一番の面積は、実際は田二畝二十八歩であることが認められる。原告は右場所に田一畝二十八歩の土地は所有せず、又公簿上も右の如き土地は存在しない旨主張するけれども、その方式及び趣旨により公文書であつて真正に成立したものと認められる乙第七号証(土地台帳謄本)及び証人堀口家輝の供述を綜合すれば、農地委員会は買収計画を樹立するに当り、別紙目録(2)の字山ノ下三四五一番の田の全部を買収計画に組み入れる趣旨で、同地を買収地とする旨議決したものであること、農地委員会が買収計画書に田一畝二十八歩と表示したのは当時村役場備付の土地台帳を基礎として買収計画を樹立していた関係で、土地台帳に田一畝二十八歩と記載されていたのをそのまゝ誤つて表示したものであることが認められる。そして右土地のうち一畝歩と一畝二十八歩とにつき耕作者が異なつていたりして別個の取扱を要するような事情にあつたことを認むべき資料は一つもなく、しかも成立に争のない甲第九、第十、第十一号証の一、二並びに弁論の全趣旨を綜合すれば、原告としても右土地が全筆買収の対象となつていることは諒知していたことがうかゞわれるのである。それ故、買収計画書及び買収令書上右の土地の面積が一畝二十八歩と表示されたことのために右土地の買収処分が当然無効となるものではないと解するのが相当である。もしそれ、右面積の誤記が延いて対価の算定にそごを来し、原告として補償せらるべき対価の点につき損失をこうむるとの点については別に対価の増額を求める途も存した次第であつて、このため前記の結論を左右するものではないと解する。

(四)  無効原因(ニ)について

別紙目録中(10)(外畦畔四歩を含む)及び(11)(外畦畔十歩を含む)の各土地は原告が大正十五年三月三十日訴外立花清兵衛から買い受けてその所有権を取得したことは当事者間に争がない。そして成立に争のない甲第六号証によれば、原告の右所有権取得については大正十五年三月三十日土浦区裁判所大和田出張所受附第五五三号を以てその旨の登記を経由してあることが認められ、印影部分の成立に争なく、爾余の部分も真正に成立したものと認める乙第一号証及び証人堀口家輝の証言によれば、土地台帳上も原告の所有名義となつており、原告より農地委員会に提出されたいわゆる一筆申告書にも原告所有と記載されてあり、農地委員会はこれらのことを承知していたこと、(従つて少くとも農地委員会においては前記土地が原告の所有であることを容易に知り得べき事情にあつたものといえる)然るに同委員会は常四郎が原告一家の代表的立場にあり同人を買収の相手方とするのが手続上便宜であるとし、これは常四郎の所有地として買収計画を樹立したことを認め得る。ところで農地の買収は所有者毎に買収計画を立て各別に買収処分をなすべきは自創法の規定上疑の存しないところであつて、非所有者なることを知り又は容易に知り得べき事情にありながら、同一家族の代表者的立場にあるということだけの理由で単なる便宜のために右非所有者を所有者とし、これを買収の相手方として樹立した買収計画は重大且つ明白な瑕疵を有するものであり、この違法な計画に基く買収処分はこれ亦当然無効の行政処分というべきである。しからば右買収処分が有効であることを前提としてなされた売渡処分もまた当然無効というの外はない。

二、以上の次第で別紙目録中(10)(11)の各土地についてなされた買収処分及び売渡処分は何れも無効であるが、その余の土地について買収処分の無効確認を求める請求の理由のないことは既に説示した通りであるから、これが無効を前提として売渡処分の無効確認を求める請求もまた失当たるを免れない。

よつて原告の本訴請求は前記(10)(11)の二筆につき買収処分並びに売渡処分の無効確認を求める部分のみ正当として認容すべくその余は失当として棄却すべきものとし、訴訟費用につき民事訴訟法第八十九条第九十二条を適用して主文の通り判決する。

(裁判官 多田貞治 中久喜俊世 中野武男)

(目録省略)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例